ゴーレム7


葬式の次の日、俺は仕事のに復帰した。
まるまる一週間休んでしまったが、上司は「家族の緊急事態」で処理してくれていた。

ネイサンやカーラは「家族」ではないが、
有給を消化するよりもそのほうがいいので、その点については何も言わないでいた。


「でね、本社には事件のことはいわないでおいたの。
だから、本社の人事から直接なにか聞かれたら、親戚がとか言ってくれるとうれしいわ。」

朝一で訪れた上司の部屋で、彼女はドアを閉めて言った。

「それは構いませんよ。俺だって、根掘り葉掘り大騒ぎされたくはないし」

「そうじゃないの。」

壮年に近いアイリーンは、昔のハリウッド映画風に染めた髪を掻きあげ、
小さいため息をついて、
けばけばしい表紙の「ワシントン・エクザミナー」を引き出しの中から出した。

「まあ、この手の雑誌が、ローカルな事件をこういう取り上げ方するのはいつものことだけど、
うちの部の人間がこういう言われ方される人と同居していた、って
本社人事には伝えないで居たほうがいいと思ったのよ。」

俺は目を見開いた。
「エクザミナー」は、大きな縁付き赤文字でその表紙を飾っていた。

『DCの闇のボスDJ腹上死!淫行中にその情婦に銃殺される!』
『違法ドラッグが関与か?!』
『アジトに南米ギャングの流通の影!』


アイリーンは、机に突っ伏して凹んだ俺を1分ほど見つめることになった。

アイリーンの判断は懸命だと思う。
ワシントンエクザミナーは、ローカル誌とはいえ、首都のローカル誌だ。
俺がクビになるのはもちろん、
俺を雇った上司のアイリーンの立場もまずくなるだろう。


「ええと、あの。スコット?ここに書いてあることを私が真に受けてるとは思わないでね」

「・・・勿論そんなこと。」
俺は突っ伏したまま答えた。

「ただね。こういうことは不正確な憶測を呼びやすいの。分るわよね?
本社人事は保守的な人たちが多いから、不要な誤解は私たちのチームにも良くないと思ったの。
このことであなたの能力を失うのは、私のチームにとって、大変な損害だと思って。
・・・ごめんなさいね。あなたの個人的なことなのに、勝手に私が嘘つくことになって」

本社は、ユタ州はソルトレイクシティにある。
保守層の巣窟だ。

「全っ然!かまいません。むしろ、お気遣い有難うございます!」
俺は、やっと顔を上げて、アイリーンにそう言った。


◇ ◇ ◇ ◇


「よっ!阿片窟の棟りょ・・・痛っえ!!」

昼休み、カフェのインド料理のビッフェで、同僚でフィリピーノ・アメリカンの
ミンが声をかけてきた。
ので、脊髄反応で読んでいた「コード・マガジン 春号」で振り向きざまにミンの頭をはたいた。
剛毛の短髪をかすった程度で何が痛いだ。

朝、アイリーンから言われたことをミンに話すと「知ってるよ」としれっ言う。
「お前が休んでいる間に、アイリーンが俺のキューブに、こそっと口裏合わせに来たよ。」

カフェの向かいに、山盛りの山羊カレーとナンと一緒に、ミンが席に着いた。

いい上司だ。俺の仲のいい、TVに移った家の映像と俺を関連つけるだろう
オフィス・メイトをちゃんと把握している。

「アイリーンも心配性だよな。オカシかったのは、お前じゃなく、お前のルームメイトだろ?」

ネイサンが「オカシくなかった」と言うと、100%嘘なので、「うん」と空虚な返答をする。

返答してから、「でも、南米ギャングがどうのってのは、明らかにでっち上げだ。」
と、付け加えた。

「お前みたいな音楽オタクのコモノ、誰も阿片窟の魔王だなんて思わないさ。」

ミンは山羊カレーをガツガツと食べている。コモノで悪かったな。

「・・・その阿片窟ってやめろよ。いつの時代だよ。
でも、そうだな。そのあたりはいまじゃ警察が知ってんじゃね?」

ミンがおどろいた顔を作った。
「じゃ、お前ほんとに関係ないんだ?」

「知らねーよ。」

これは、警察に、何度も聞かれて何度も答えたことたが、
ネイサンが、怪しいオーガニックな植物吸ってようが、粉吸ってようが
それは二階で起こっていたことなので
俺はちっとも関わらなかった。 
共通の話題となる音楽の話はしても、ネイサンの摂取物の話はしなかった。
代わりに、ネイサンも俺が関わるオープンソース・コミュニティのことも、いちいち聞かなかった。
興味が無いのだから、「自分の範囲外」としてお互いの住処を尊重する、のが自然だった。

ただし。
警察の捜査の後、ネイサン所有だった、俺は茶や調味料だとおもってた瓶が
共同スペースであった台所から無くなっていた。これには気づいていた。
ということは、警察に押収されたのだろう。

あまり驚かなかった。
たとえそれが全く無害な咳止め薬でも、疑いがあれば警察は持っていくだろう。

「ふーん。つまんね。お前、あんまり仲よくなかったんだ」

ミンがテーブルの向こうで「エクザミナー」を読んでいた。

「・・・お前、なに買ってんだよ?!」

「買うだろ普通。」

山羊カレーをほお張るミンのナンを、ちまちま盗み食いながら答える。
「買わねえよ普通。」

「でさ、お前のルームメイトすげえな。DCの裏文化統率しつつ、
保守共和党の女とできてんって、どういう頭の構造なんだ?」

は?

「共和党? カーラが共和党の女って書いてあんのか?」

「お前、一緒に住んでて、そんなことも知らなかったのか?
そんなん、エクザミナーじゃなくても、
まっとうなワシントン・ポストだって記事にしてるぜ?
ええと、共和党のコミュニティイベントのオーガナイザーの仕事だって。
最近で言うと、茶会(ティー・パーティ)の田舎デブおばちゃんの集会のためにバス手配したりとか、
そいう仕事だね?多分。」


そうか。

それで、共和党から花が送られてきたわけか。

あれは、カーラ側の関連者からの、お悔やみだったんだ。



しかし。

なんでネイサンは、そんなんと付き合ってたんだ??!



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